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新幹線にて 

また新幹線に乗った、
その車内から書いている。
最近は、岩国に飛行機で飛び、
帰りは新幹線にて大阪、
そしてしばらくしてから
東京に戻っている。

最近はどこが自分の居場所か、
わからなくなっているが
母親の顔が見えるのが岩国だ。

岩国から大阪に向かう前、
父親から携帯に電話が入ってきた、
母親の左腕のギブスが取れたと。

正月の2日の日に転倒して腕を脱臼して、しばらくギブスで固めていた腕が解放されたと。
少しだけホッとして新幹線に乗った。
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やっとアドビが15年遅れで追いついた 

昨日、アドビ社(adobe)が、新しいビジネスモデルを発表した。
絵心の無い私は、adobeの商品といってもPDFファイルを作成するacrobatぐらいしか使ったことが無いが、
クリエイターの世界では、Photoshopや Illustratorなど、adobe商品を毎日のように使っている。

新しいビジネスモデルの名前はcreative cloud


今までのアドビの全商品ソフトウェアの販売による永久ライセンスをやめ、すべて月額請求に移行する。

私は、「なんだ、新しく無いじゃん」っておもった。


というのも、我が社ではクラウドではないものの、すでに15年前にBCPOSソフトウェアの月額請求化が終わってる。
お店のレジアプリであるBCPOSは、すべてのPOSシステムがネットに繋がっている訳じゃないため、
クラウド上で認証させることは不可能だが、物理的なUSBに差し込むキーにて認証させている。
15年前に私が始めたこのシステムはレントウェアと名づけたが、15年前は早すぎたんだろうな。

ただ、BCPOSはレントウェアとして約1万セットお店のPOSシステムとして稼動している。

ちょっと高慢かもしれないが、やっとアドビが15年遅れで追いついただけだ、と

また、新しいビジネスモデルを考えよう。

25期決算を終えて 

弊社は9月末決算、
2012年9月末で25期の決算を無事終えた。

25期の当初目標は、税込の10億超え、
おかげさまで、25期は目標に達し10億を超えて終了した模様だ。

弊社のシステムを導入いただいたお店様に感謝している。
そしてこれからも、選ばれるべく努力をしていくつもりだ。

今期26期の目標は、税抜きで12億円、
昨年度の伸び率が113%に対し、今期は126%の目標となる。
社員数も増え、商品のラインナップも増え、福岡営業所、新しい商品も増えているため、
過大な目標値に見えなくもないが、十分に可能な目標だと思っている。

弊社の特徴は、ソフトレンタルという毎月確実に賃貸収入が入ってくるビジネスモデルのため、
昨年度に比べお店の数が増えている分は確実にアップができる。
(ただしお客様の信頼を無くしてお店が減らなければの話だが)

きっちりとお客様をフォローさせていただき、目標に達したいと思っている。

突然の訃報にて 

今日の朝、会社に来て、
取引先の50代の名古屋の社長の訃報を聞いた。
人懐っこい笑顔で、いつも色々なことをお手伝いしてくれる、
頼りにしている社長だったためにとても残念だ。

先週は台湾に出張してて、
土曜日に心筋梗塞で亡くなったとのこと、
知らせを聞いた10時半には、もう告別式が始まってて、
今から名古屋に駆けつけてもご親族に迷惑かけるだけ、
思いとどまり、後日日を決めて行くことにした。

その後、
冗談抜きで私が死んだときのことを社員と話し合った。
その社長は、なんでも一人で動かれていたので、
その後の引継ぎは難航するだろうなと予想がつく。
仕事を一人に集中するのではなく、分散させる必然性をつくづく感じる。
その点は、かなり社内の組織化が当社はできてると思うので安心だが、

それと私が死んだ跡の葬儀の手順も軽く打ち合わせした。
なにも打ち合わせをしないままだと、
もし私が金曜日の夜死んで、土曜日通夜で、日曜日告別式、荼毘で、
月曜日社員が出社してきたら、社長が骨になってたってこともありえる。
社員の数名に、私が死んだ後の手順を指示した。

家族には、あまり仕事の話をしていないため、
私の仕事や立場をあまり理解していないだろう。
会社には、お客様もあり、取引先もあり、
私の信用によっての借り入れもあるために、
私は私人でもあり、公人でもある。
でも、家族から見ればたんなる私人だ。
詳しくは書けないが色々と難しい面が多くある。

いろいろと準備をしてて、悪いことはないだろう。
まあ、その前に健康には気をつけようと思う。
事故なら仕方がないが、
自分の不摂生は避けたいと思うから。

亡くなった社長のご冥福をお祈りします。

大阪支店移転 

少しt経ってからの報告ではあるが、株式会社ビジコム大阪支店を移転した。
大阪支店は1990年に開設して以来、約21年間まかせっきりであった。
それではいけないと思いながらも、私は東京を軸にしてやってきた。

転機になったのは東日本大震災である。
3月11日のあの日、私は
東京ビックサイトに出展していたリテールテック2011の会場にいた。
大きなゆれを感じ、天井から鉄骨が落ちてきて、会場がざわついた。
人々は携帯のワンセグを見て、津波が来ると思い逃げ惑った。
大きな津波が東北地方を襲い、数日で原発が爆発した。

私はそれを転機にこれからの日本社会は明治維新、戦後に続き大きく変わると感じた。

今までの事務所は、11年前に引っ越した新大阪の古いビルだった。
大阪支店は、広く西日本をカバーしている。
エリアで考えれば、東京本社と同等か、それ以上の範囲をカバーしている。
しかし、ショールームもつけたした感じてパッとしてなかった。
お客様にぜひ来て見てください、という感じよりもとりあえず展示してますよって感じだった。
東京本社の広いショールームと比べて明らかに見劣りした。

そしてそれよりも増して
会社においてはBCP危機管理において、東京の一極集中はマズイと感じた。
東京と大阪の売上げの比率は3:1、東京本社と同じくらいのエリアを抱えているのにだ。
エリアから考えれば、近畿、中国、四国、九州、北陸とPOSシステムを納めるには十分なマーケットがある。
だけど、売上げは1/3、規模も1/3、事務所もパッとぜず、21年間ほったらかしてきた。

震災後、私は株式会社ビジコムの本社を大阪に移すことも考えた。
これは福岡に本社を移転したケンコーコムより早かった。

それはしばらく原発が不安定なまま落ち着くことがないと考えたからだ。
これは今でもそう思ってる。
何年も経てば、原発事故を人々は過去のことのように思うかもしれないが、
私は今後数十年間、ずっと続く問題だと考えている。
そう考えたときに、古ぼけた大阪支店をそのままにしておくことができなかった。
いつでも本社を大阪に移転できるように。

2011年9月3日、ビジコム大阪支店は、ニッセイ新大阪ビルに移転した。
現状、新大阪で一番大きな、一番安全で便利なビルだ。
前の事務所と比べると雲泥の差だ。
新大阪の駅から最も近く、近代的で、誰もが知っているビル。
これにより、お客様や取引先メーカー様が気軽に立ち寄れる環境が出来上がった。

東京本社ほどではないが、ショールームも充実させた。
お店の方々が、実際に使われる最新の機器を触って体験して、
納得してもらってから私どものPOSシステム等を長く使っていただきたい。
そんな気持ちを持って大阪支店を移転した。

引越してから一ヶ月ちょっと、徐々にその効果が出てきてると感じている。
私どもがお店様に提案できることは、
お店様が少しでも利益を上げて、長くお店をやっていけるようにシステムの提案をすること。
そこには、お店の負担が増してもいけないし、使いにくくてもいけない。
そして、お店がシステムを使って喜んでもらわなければいけない。

そんな提案を、新しい事務所から発信できればいいかなと思ってる。

現状、私自身は大阪にも住居拠点を作り、約2週間おきに東京と大阪を行ったり来たりしている。
フットワークも軽くなり、西日本の色々な方々とも積極的にお話していきたいと思ってる。
多くの人たちと交流を持ちながらいいシステムを提案できればいいと思う。

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