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会社設立回想録14 1993年ごろ 

20年目の独り言14 1993年ごろ

1993年から1994年にかけては実はあまり記憶が無い。
回想録を書き始めて、トラブルや大事件は覚えてるのだが
うまくいってた時のことは、それほど記憶に残っていない。

開発で、色々と苦労したのは覚えている。
その当時のメインの開発者が多少変わってて
ドキュメントを書かなかったり、ソースを他のものに見せなかったり
あえて難解なソースのコーディングをおこなったり、
すでに複数の開発者で共同で開発をおこなってるにもかかわらず
その人間にしかわからない開発内容が多かった。

それだけならいいのだが、
解らないことを盾に、賃金や地位の条件交渉を行って来た。
私は仕事の能力に合わせた多少の条件交渉には応じても
その開発者だけを特別優遇するようなことは断じてしなかった。

ある時期に達すると困ったことにその変わった開発者は
開発ソースを消してしまうことまで匂わすようになってきた。

仕方が無いので私は決意した。
他の開発者と相談をし、了解を取った上で
ある日その開発者の開発環境のロックアウトをおこなった。
その開発者のすべての開発環境は別室に置かれ
ソースを消されないような処置をおこなった。
しばらくして、その開発者は退職した。

その当時、その開発者が作っていたものはデータベースエンジン、
今のようにORACLEやSQLサーバがある時代ではなく、
二分木のアルゴリズムを用いて手作りでデータベースを構築していた。
ある意味では優秀な開発者ではあったが、それが裏目に出てた。
そのため、そのデータベースエンジンをそっくり移し変えた。
それにより、複数の開発者が共同で管理できる
万全な開発環境が出来上がった。

1993年11月には、長女が生まれた。
自分が父親になると言う実感が薄かったが
会社の業績も絶好調で、仕事も家庭も円満な時期であった。

そんな環境に遭遇しながら
翌年、1994年は今から考えても大きな変化の年であった。

1994年1月、今販売しているBCPOSの開発の概略をまとめた。
1994年5月、東京本社を移転、関西営業所を大阪支店へ拡張
1994年8月、「池袋パソコンPOSセンター」開設
どれも大きな流れではあるのだが

その中でももっとも大きな潮流は
1994年8月に本社にインターネット回線を引いたことだった。
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