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 2010年04月 

新聞を読まない 



実はこのブログは書くべきなのか、書かないでおこうかと散々悩んでいた。
それだけネガティブで、周りに影響を与えそうだからである。

実は私はここ半年間、ある事情があって去年の11月から新聞を取るのを止めた。
企業経営者でありながら、日経も読売も朝日も毎日も、およそ大新聞社と呼ばれる新聞は読まなくなった。日経は約10年前から「一面は全面広告だ」と言い切って取らなくなった。最後まで取っていた毎日も半年前に取らなくなってそのままだ。

最初は、新聞をまるで読まないことに対して不安があり、経営者として失格でないかと思うときもあったが、2ヶ月、3カ月、半年が経って何ら問題が無いことがわかってきた。
ニュースはインターネットでピックアップすることが出来るし、人々の意見はブログやツイッターで好きな情報をついばむ事が出来る。

今でも新聞は取って読みたいと思うこともあるが、だんだん取らないほうがいいのではないかと思えてきた。取って読んで見た所で私の欲しい情報は手に入らないし、どの新聞も論調の違いこそあれ一辺倒、同じ意見しか記事になっていないからである。

新聞を読まなくなった一番の原因は、新聞記事に対する不信感である。ネットには出ているニュースが新聞では取り上げられないケースがここに来てすこぶる多い。「え、何でこんな記事載っていないの?」ってことが多く、当然欲しい記事が読めないわけだからネットで探すこととなる。そうするとネットの中では賛否両論、両方の意見が存在しその中で自分の意見を見出していくことになる。

方や新聞の記事はというと、どの新聞も方向性が一緒で相反する意見が少ない。いつから日本は言論統制、誘導統制、世論と呼ばれるメディア統制が始まってしまったのだろうか?新聞が大見出しで書けば書くほど、その内容が本当に重要な内容なのか疑わしくなる。従来からあまのじゃくの私は、大きな記事を見るたびにもっと重要な記事があるんじゃないの?って思ってしまう。

テレビも最近はそう。トップニュースになるものはほとんどテレビ局が意図して重要としたいものであって、そんなニュースよりももっと重要なニュースがあるでしょう?って思う。だから不思議なことに今までは一番当たらなかった天気予報が一番信頼の置けるニュースとなっている。

たとえば普天間なんて、毎日毎日のトップニュースになることではない、もっとじっくり腰を据えて考えなくてはいけないのに、ちょっと誰かが発言すれば、それがさも決定したのごとくトップニュースで取り上げられ一面のニュースを飾る。しかし半年もたつと一面を飾ったニュースはどうなったの?って感じで、その断定的な一面記事も結果が違っていても修正されず放置され、段々新聞の信頼を失っていくのである。

ニュースが新聞やテレビ、ラジオしかない時代ならともかく、ニュースはあらゆる方向から流れてくるのに、新聞社は自分達の意見がさも国民の意見だというような論調で世間を騒がし、誘導していく様子にうんざりした。

私もそうだが、もし新聞を読んでいたなら、その論調にひきづられ、疑問も書き消され、どんどん洗脳されていくんだろうと思う。テレビもそうだがニュースの司会者、解説者、コメンテーター、あなたたちが意見が国民の代表する意見なの?って思う。普通の人なら疑問も持たずにその意見に流されていくんだろうなと思う。

そう考えていくと、大新聞の論調記事など読むこと自体が無駄で、思考能力の停止、新聞社の世論という論調に流されてしまうんだろうなと思う。

新聞を読まなくなって、事業はすこぶる好調、私の思考回路はナチュラルな情報に占有され、自然と世の中の必要性、必然性、消費者思考絵へ流れてくるようになっている。
余計な情報が流れなくなったことにより、より鮮明にビジネスの流れが見えてきた。

新聞を読まなくなって、「世の中が見えてきた」と言い切れる自分が少し怖い。
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