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会社設立回想録4 退社前(決心) 

20年目の独り言4 会社設立回想録4 退社前(決心)

1985年
会社の中での私の立場は最悪なもの
同僚は見て見ぬ振りをしてるし、
それでもまだ私はせっかく第一希望で入った会社だし
まだどうにかしていこうと考えてた。

どうやってこのハードディスクを売って行こうか?
いろいろな会社を訪問するうちに、あるソフトハウスに遭遇した。
その会社の名前は相模原市千代田にあった「オーゼット」
田川氏と山口氏のたった二人でやってる会社だった。

「オーゼット」で作っていたのはビデオのレンタルシステム。
その当時ビデオレンタルはまだお店が出来はじめたばかりで
まだVHS、ベータが混在し、洋画、邦画も少なくアダルトビデオが中心、
お店はマスターテープをダビングして貸していた。
しかしながら、ちょっとしたお店ではかなりの本数が貸し出しされ
手書きの貸し出し伝票では、貸出/返却の処理が追いつかなくなっていた。

ビデオレンタルでは、何千本、何千人という商品、会員を管理するのに
データベースが必要になり、ハードディスクが要求された。
そこにハードディスクを売りたい私と「オーゼット」との間に接点が出来た。

田川氏は言った。
「レンタルシステム売ってくれたら御宅のハードディスク使うよ」
今から考えれば、田川氏にうまく乗せられた気がするのだが
私はシステムを組んでハードディスクを売る利点を見つけた。

私は会社に帰って、自社のハードディスクをシステムに組んで
売り歩く企画書を書いて課長に手渡した。
課長は黙って机の中にしまいこんだ。

数日たって、私は課長に聞いた。
「企画書どうでしょうか?」
「いや、まだ見ていない」
何日経っても同じ返事が返ってくるばかりだった。

二週間ぐらい経った頃
業を煮やして私は部長へ談判した。
「部長、私の企画書を見てもらえませんか?」
しばらくして部長は言った。
「課長の見ない企画書を私が見るわけには行かない・・」

確かに課長を飛ばして部長というわけには行かないと思うが
営業推進部といっても、
部長と二人の課長と私の4人しかいない部署だった。
課長が恣意的に目を通そうとしないことも明らかだった。

私は何のためにベンチャーを選んだのか?
大企業ならともかく、小さな会社なら風通しがいいだろう。
新入社員であってもいろいろな仕事を任せてくれるだろう。
目の前の壁に、そう考えていた私の希望は砕け散った。
2月、私は退社を決意した。

退社を決意すると、その会社のあらが見えてくるようになった。
創業当初の社長、部長が牛耳ってる風通しの悪い同属企業。
技術はあっても、下請けの仕事ばかり。
中小企業なのに、金額ばかり大きな資本金(14億)。

退社を決意してそれを会社に告げると
唯一、副社長(元太陽神戸銀行の専務)だけが引き止めてくれた。
「総務部で上場関係の仕事をやらないか?」
入社当初、私が希望していた職種である。
しかし、ここで残ったら2~3年はやめることが出来ない。
あと2~3年も待つと今のチャンスは消えるかもしれない。
やめてしまったら副社長の誠意を反故にしてしまうことになる。
それほど、すでに自分で会社を作りたいと言う気持ちが高まっていた。

私の退社は入社同期15人の中で一番早かった。
会社は私の送別会を禁止した。
同僚数人だけが会社に黙って送別会を開いてくれた。
入社して1年に満たない3月20日、24歳で退社した。

最後の挨拶に行った時、部長は聞いた。
「中馬君、これからどうするんだ?」
私は一言答えた。

「会社を作ります・・」


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