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会社設立回想録7 創業(広告) 

20年目の独り言7 創業(広告)

創業から半年過ぎた秋、
6畳アパートから10畳の部屋に移り住んだ。
私は家具屋に行ってソファーベットとロールカーテンを買い
その部屋を半分に仕切った。

部屋は
昼間はソファーにしてロールカーテンを下ろし事務所となり
夜はベットのにして、ロールカーテンを上げた。
それまでは、生活空間と仕事空間が混在していたが
ちょっとした工夫で、小さな仕事空間が出来上がった。
まだまだお客様を連れてくるにはどうしょうもなかったが
業者間同士、仕事の打ち合わせには十分だった。

私は懸案だった広告代理店の人間を呼んだ。
雑誌に広告をかけるためだった。
すると広告代理店の社長自ら、小さな事務所にやってきた。
放送文化通信社の矢口社長であった。

広告代理店と言う商売は、非常に薄利でリスクの多い商売であった。
そのため、名も知らぬ会社の広告には疑心難儀であったのであろう。
しかし、狭い事務所で私の話を聞いてくれて安心したのか
ベテランの営業マンをつけてくれて、納得のいく原稿が出来るようになった。
広告はその内容の出来不出来で、反響が左右される。

それまでは、一人飛び込みのスタイルで仕事をしていた。
しかしながら車を走らせて飛び込むスタイルでは限界があった。
毎日地図を見ては、知らない土地に車を走らせた。
ある意味で、商品は売れていた。
しかし、売り込みに行くのには一人では効率が悪かった。

私はそれまで売れた利益から
一ヶ月の生活費20万円を抜き取り、残りすべてを広告に当てた。
たった一人の会社で全国に広告を打つのである。
ビデオコレクションという雑誌に白黒1Pの広告を載せた。
そして、2色刷りのパンフレットも作成した。

まだそれほど、レンタルのシステムが出てない時代である。
また、この当時はパソコンではなく、オフコンの時代でもあった。
広告の効果はてきめんだった。
月に十数件の資料請求が入るようになり、
営業は飛び込みのスタイルから、
資料請求を追いかけるスタイルに変わるとともに
新潟や大阪などにも営業に出かけるようになっていった。

引越しから半年後、1997年5月、
ある程度のお金が出来たため、私は生活と仕事を分離すべく、
近くの8畳くらいのワンルームマンションを事務所として借りた。
ワンルームマンションの出窓には、「オーゼット販売」のカンバンを掲げた。

順調に見える滑り出しだったが、
開発元のオーゼットと販売会社であるオーゼット販売の間には、
徐々にひずみが生まれていった。


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