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会社設立回想録13 1992年ごろ 

20年目の独り言13 1992年ごろ

少し前後をするが、1991年11月には、
東京の上板橋にファミコンショップ「ふぁみっと」をオープンした。
1992年3月にリサイクルPOSを出す4ヶ月前だ

実店舗を持ちたいと思ったのは、
当時、リサイクルPOSシステムを開発中であり、
そのシステムを動作確認できるアンテナショップが欲しかった。
また、レンタルシステムしか持たない不安と、
日銭の入る商売も憧れの的だった。

その前年度にはスーパーファミコンが発売されており
NECからもPCエンジン、セガからもメガドライブ、SNKのネオジオなど
TVゲームの花盛りの時期でもあった。

お店での中古ゲームはそこそこ売れたが、
どうしても、事務所からは離れている店舗のため
システムの運用だけでない苦労を味わった。
子供たちの万引きへの対処や、店長の教育、
アルバイトの確保やアルバイトの不正など悩まされることが多かった。

また、夜には何度か泥棒にも入られた。
こじ開けられた鍵の修理や、防犯装置の設置
警察への対応など、システムを作る立場とはまるで異なっていた。

そして1992年1月、私は30歳で結婚した。
結婚した手の頃は、システムのトラブルでよく夜中に呼び出された。

1992年9月には、レンタルシステムを高崎のツタヤに納品した。
その当時のツタヤのシステムは遅くて使い物にならなかった。
150坪ほどのお店で、一日に1500本近くの貸出があり
ツタヤの採用してたNECのN6830POSだと、
一本の返却処理にに平均5秒以上かかってた。
そのため、一分間に10本程度しか返却処理が出来ず
カウンターの内側に返却処理できないビデオが山積になっていた。
そのため、オーナーが本部と掛け合って採用が決まった。

当社の作ったシステムは、非常にスピードが早かったが、
当時まだ今のような安定したLANシステムが無かったため
LANがスピードが遅く、不安定なためたびたびトラブルを起してた。
当時はまだDOSであり今のようにLANが標準環境で用意されているものではなかった
PI-NETというLANを使っており当初は1Mのスピードしかなかった。

LANが切断されてデーターを壊す。
そのたびに私は呼び出されて、夜中の関越道をひたすら走った。
LANが現在のイーサーネットに変わり、
Netwereを使い始めてトラブルは無くなった。

それまで、2年間はひたすら私は関越道を走りぬけた。

ただこの間のトラブルは、当社も私も大いに進歩させた。
そのお店は今では、ツタヤ本部のシステムに変えられてしまったが、
使っていただいた5-6年の間は、トラブルの修復の歴史が
当社の開発、サポートのノウハウの蓄積になった。

妻とたまに、あの頃はよく呼び出されたねー、と
人事のように話すときがある。
夜中の電話に、ドキッとし、夜中12時過ぎに関越を飛ばす。
当時、電話を受けて一時間以内にお店に到達していた。
今から考えると、140km以上で飛ばして
よく覆面パトカーに捕まらなかったもんだと感心している。
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