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シフト経済 

Shift Economic

世の中には仕組みがある、その仕組みを生み出したのは人間であり、その仕組みを使っているのも人間である。

その仕組みは作り上げられた当初、その形でよかったものの、
何十年も使い続けていくうちに、時代に合わないものとなることがある。

しかしながら、その仕組みを使い続けている者は、使い勝手がいい。
もしくはその仕組みがそのものに対して利益をもたらすものかもしれない。
そうなると、その仕組みを変えることそのものが大きな抵抗となりえる。

そのため、その仕組みを、誰もが納得する形でシフトチェンジさせていくのが、
私の提案する「シフト経済」「shift Economic」である。

すなわち、経済的な仕組みを新しい時代にあった仕組みに巧みに変化させることによって、
多くの賛同者を得やすい仕組みをつくり、たとえ古い仕組みでの利益権者であったとしても
新しい利益権者にシフトさせてて変更しやすくするのである。

仕組みは「ほたるのうた」に似ている。
ほ、ほ、ホタル来い あっちの水は苦いぞ こっちの水は甘いぞ ほ、ほ、ホタル来い

人は利益を失うと思うからその利権にしがみつき離そうとしない、
ならば、もっと利益の得やすい利権を作ってやればいい。

一時期私はチェンジという言葉で世の中が変わると考えていた。
チェンジという言葉には、右から左、裏から表、賛成から反対、推進から脱、というような
180度方向転回をしなくてはいけないような意味合いがある。
しかしながら、それでは賛成か反対か、といったような二者択一を求めなくてはならない。
そこをシフトという言葉に置き換えて考えると、
シフトにはギアチェンジのように、ローからセカンド、サード、トップ、といったような
段階的に時代の流れに合わせて変化させていくようなイメージがある。

物事にはなかなか決められないことも多く存在するので、
両方の意見を聞きながら、しかし確実にその時代にあったいい方向に変化させる。
それが「シフト」という言葉に込められた変化を望む私の声だ。

シフトといってもスピードはまちまちだ、時にはスローに、時にはスピーディーに
その内容によって重要な項目の時は時間をかける必要もあるだろうし、
あまりにもくだらないルールの変更は独断的に変更していってもいい。
要はその変更によってより良い社会の構築であるならば、
変更させていく必要がある。

シフトさせるためのいくつか重要なキーワードがある。

決定権者の選定、
多数決で決定する民主主義には、いい制度だとは思うが多くの欠点が存在する。
閉塞感がある社会の中では、ある特定のリーダーは必要だし、
期間を定めてそのリーダーに任せることも重要であろう。
毒を持って毒を制すのもいいと考える。
しかしながら、毒ばっかり長年吐いてたのでは全てが毒される。
期限を持って責任を与え、期限を持って退去させて、
そして期限内でもそれを監視し、リーダーが履き違えないように見守る必要がある。
その前提を持って「権力が必要」であり、行使させるべきである。

責任の所在の明確化
物事を決めるにしても、それに賛成したのか反対したのか?
そして誰がそれを決定したのか明確化する必要がある。
責任の所在を明確化させることにより、権力を持つものの責任を過去においても明確にし、
決定を実行するとき流されないようにすることが必要である。

裁量を廃止
決定権者、権力を持つものが裁量を持つと、世の中が乱れ不正が横行する。
法律や条文、その他公的な要素を持つ文章での裁量を許す文面は見直すべきである。
誰もがわかる納得できるルールであるならば、そのルールの中でのみ決定していくべきである。

情報の公開
公的な要素を持つ文章や内容は、ネットにて常に一般の目に触れることができるように
公開し、それを常設化すべきである。
法律はもちろん、条例、通達、指示書、連絡事項等、公的な機関が一般に公布する文面に関しては、
常に公開しいつでもだれでもどこでも誰もが調査、閲覧、参考できる環境下を作る必要がある。
また、予算や損益分岐、収入収支、公的機関、または傘下の公益財団等に至るまで、
常に公開し、比較参照できるようにすべきである。
特に「財政みえーる」的なサイトを作成し比較検討できる仕組みづくりが必要。

独自PRの必然性
何かをはじめようとするとき、常に今のマスコミや報道を利用するのではなく、
独自の報道が可能なようにPRの手段を持つべきである。
独自意見の主張が発言できる場を持つことは、批判にさらされたり、
何か困難な物事にぶつかったとしても、過去の履歴がその決定経路を証明し、
その時代の流れであることを知らしめるべきであろう。

既得権の見直し
既得権には期限、区切りを設け常に見直しをかけられる仕組みづくりが重要である。
特に利益が絡む場合はより一層に慎重に検討し、判断すべきである。


情報を発信し続けるものは多くの賛否を得る
言葉の揚げ足を取るのではなく、情報を発信するものへの反論は正論で反論すべきである。
特にここ目立つのは、「説明責任」といったようなわけのわからない言ったもん勝ちの
理屈での延々としたかみ合わない議論はやめるべきである。
また、そう言ったいかにも世間が騙されやすいキーワードを利用するものは卑怯であり、
それを頻繁に利用する人たちのやり方を学び、取り上げない風潮を作ることも必要である。
物事を発信し続けるためには、匿名ではなく実名で堂々とやりあうべきである。
そして発信し続けながら賛否を得て、流動的にいい世間を形成させるべきである。


仕組みは当初、世の中をよくするために作られたものも多いが、中には世の中を制御するために作られたものもある。
人間はその仕組みを使い、その仕組みによって動かされる。それが平穏な時期には何も問題を起こさないが、
いざその平穏が崩されると、その仕組みを使って攻撃してくる。

それが時代遅れだとは気づかないままに。

中馬浩

反原発利権(グリーン基金) 

世の中、頭がいい奴がいるもんだ。
今の原発推進には、どうしても崩せない制度が多い。
その制度に頼ってたのでは、今の原発推進は変えられない。
結局、原発利権にぶら下がっている奴が多すぎる。

じゃあ、その流れを変えるための仕組みづくりやっていかないと、
世の中の流れは今まで通り、何も変わっていかない。
どうやったら原発を止められるのか?
じゃあ、その逆の反原発利権をつくったらどうだ?
そいつらを反原発利権に鞍替えさせればいい。

前回のブログで「今こそ方向転換すべきとき」と書いた。
今まで原発に賛成していたとしても、今なら反対してもいいと。

そして原発で働いている人が多いなら、
原発解体で働いてもらえばいいと思っている。

ならどうすれば、反原発利権が作れるのか?
今の政府、今の経済団体、今の組合に頼っていては無理だ。
結局、補助金だ、なんだと金を出している政府に群がっているだけだ。

政治家は、今まで原発推進派から甘い汁を吸ってきた。
票といいお金といい、反原発派からはお金も票もほとんど無かった。
だからこそ政治家は、票の得られる組合や利権団体に群がり原発に賛成する。
いや、原発に反対できなくなる。

反対派は烏合の衆の集まりでまとまりが無い。
それはそうだ、お金がまるで絡まないのだから。

反原発利権を作る目的はそこにある。
どうしても原発を止めなくてはならない。
福島第一原発のあの事故を見て止められない日本人はどうにかしている。
デモをしても、反対を唱えてみても結果は知れている、
結局は、権力を握れないものは何も出来ない。
利権のかかっている団体に叶うはずがない。
利権とは生活がかかっている連中も含まれている。
その人たちの生活まで保障できる利権を作らなければならない。

まずはお金、
東日本大震災を経験して、世の中の善意はまだ捨てたものではないと感じている。
義援金が1000億単位で集まるのであれば、反原発の義援金(基金)だって集められるはずだ。
原発に反対している人たちから1カ月一人100円ずつでも集められれば、
今であれば、それは大変なお金になるであろう。
企業にしたって、今回の原発事故で大きな損害を負ったところも多い、
または自然エネルギーを主体にしている企業もあるだろう。
そうした企業の利益の、または売上げの1%でも基金として集められれば、
それは大きな原動力になるだろう。

いずれにしても、反原発基金として数百億のお金が集められれば、
それを元に反原発の学者や政治家や活動家、企業、市民活動を支援していく必要がある。
それを「グリーン基金」と名付けてもいいだろう。
(グリーン電力基金ではありません、これは色々と問題が多そう)

たとえば京大の今まで研究費で干されてきた方々への支援、
市民団体への活動費、
そして一番大事なのが、反原発を訴える政治家の育成である。

今までの政治家は、原発利権にまみれてきた人たちも多い、
しかし、これを機会に今までの政策の転換を促そう。
そして、今まで原発利権がもたらしてきたお金と票を集めようではないか。

反原発を主張する政治家には、一人100万円を配ってもいい。
民主でも自民でも共産でも政党を跨ぐ集団の形成が必要だ。
民主党緑組や自民党緑組なんてグループ形成もいい。
一つの政党自体が緑組になってくれればなおさらいいが。

その人たちのリストを作って、集めた人々で応援する仕組みづくりが必要だ。
政党の中で埋もれている反原発の政治家の人々を集めて、
その人たちにまとまった票を与えることが必要だ。

そして、政治家が集まれば、法律を改正し、
原発廃止への流れを作り上げればと思う。

お金が出るから原発賛成ではなく、
お金が出るから原発反対(反原発)

原発利権を壊すには、反原発利権しかない。
そのために反原発基金(グリーン基金)を作って、
反原発基金の推奨する政治家を募り、応援し、票を集中させればいい。
政治家は労働組合や経済団体から票やお金が取れるから、原発賛成に回るのであって、
反原発にはその仕組みが無いことが烏合の衆の集まりとさせてたのであろう。

私みたいに無関心だったものが、完全原発反対に回った人たちもたくさんいるであろう。
今のマスコミの作られた世論形成には飽き飽きだ。

増税されて税金を集めてみても、
私たちが思ってた所に使われないもどかしさがある。
義援金もふたを開けてみれば、届いて欲しい所に届かない。
電気料金値上げされても、また原発の復興に使われるだけならご免だ。

社会の仕組みを根本から変えていかないと元のもくあみだ。
まだまだ、反原発利権は色々なアイデアがあるだろう。
国や政治に頼るのではなく、国や政治を動かすことが、
今の仕組みには絶対必要だと、色々な意味で考えさせられている。

ぜひ、そう言う反原発利権を作って仕組みを変えて行きたい。

節電やめた 

昨日、二週間の大阪出張を終えて東京に帰ってきた。
東京の街が死んでいる。
明らかに大阪と比べて活気が無い。

東京に帰ってきて気付いたことは、
電気の消えたお店の看板や駅のホーム、
東京駅のような主要な駅で無造作なビニールテープで停止させられたエスカレータ、

大きな荷物を抱えた旅行者、お年寄り、ベビーカーを引いた親子連れなど、
この階段を荷物やベビーカーを抱えて登れというのか?
こんな不便な町に誰がしたのか?

東京電力の原発事故による節電自粛により、東京の街が死んでいる。

もし私が悪い東京電力の経営者だったら
この夏は大幅な停電をわざと起こすだろう。
会社に寝泊りする通勤困難者や、マンションのロビーで寝泊りする高層階マンション住民、
冷蔵庫の使えないコンビニ、冷房の効かない住居、
熱中症で死亡する高齢者など、
「ほらみろ、電気が無いと困るだろう。だから原発は必要なんだ」と。

原発を維持するためだけに停電を起こす。
悪い経営者なら考える当然のシナリオだ。

今回の原発事故を見てて、
電気が足りない→計画停電だ!、って
あまりに手際が良すぎて、
原発事故のために事前に用意されていたシナリオとしか考えられない。

原発事故が起きれば、当然のシナリオとして用意されていたのであろう。
そして脅しとして計画停電は実施された。
そしてこれから夏場にかけての電力不足、停電も、
当然のことながらシナリオとして実施されようとしている。

「ほらみろ、だから原発は必要なんだ」、と言わんばかりに。

私が悪い東京電力の経営者だったら
節電してようが、してまいが、どっちみち停電は起こす。
電力が足りてても原発を残すために停電はやる。
だから節電したって意味が無い。

停電を起こすってことは、人の人命にかかわる犯罪行為だ。
なのに東京電力は意図も簡単に停電をおこしてる。
これは高濃度放射能を海に勝手に流している構図と同じだ。
仕方が無いだろう!って、

ふざけるんじゃない、
お前たちの利権や安全のために停電や放射能を撒き散らかされてたまるか!

停電をチラつかされて、節電を強要されて、
その結果原発を容認させられるのではたまったもんじゃない。
節電をする=原発容認、って図式ならご免だ。

なら、電気をもっと使おうよ。
どうせ停電させられるのだから。
そのシナリオがチラつく限り、節電は原発容認のプロパガンダだ。

老人やベビーカーのためにエスカレータは動かそうよ。
原発を二度と動かさないための節電ならいくらでもするから。
原発容認のためのPRにしか見えない節電運動は、
国民の善意をあざで返すようなもんだ。

原発事故→停電→節電→原発容認、って図式は、
世の中に通用しないということを知らしめるしかない。
節電することが原発の容認になるなら、
節電やめた。

想定外なんて言葉を使う連中を信用できるか。
絶対なんて言葉はどこにも誰にも無いのだから。

今こそ方向変換すべきとき 

大きな流れの変化があったとき、
方向転換することを、優柔不断というのか?英断というのか?

立場によって様々であろう。
日本語とはすごく難しく、言葉の選び方によってどちらとも取れる。

経営者として一度決めたことであっても、
もしそれが駄目だと思ったら諦めたり方向転換することもある。
その結果は、直ぐには判らなくとも、
後になって正しかったのか、間違っていたのかわかるものである。
最終的には結果がすべてであろうが、もし結果が間違っていたのなら、
明らかにその方向性を諦めて、正すべきである。

2011年3月11日は、
明治維新、戦後に匹敵する大変化が起きた日だと感じ取っている。
東日本大震災だけでなく原発事故は歴史に残る大事変だ。
これだけの被害を受けて、もし国民が変われないならば、
もう、この国は諦めたほうがいいだろう。

原発の問題について言えば、
あれだけの原発が次々に駄目になって、放射能を垂れ流す現状を見れば、
今までの判断が間違っていたのだと気付くだろう。

原発には利権もあり雇用もあり、
それが無ければ成り立たない企業も人もいる。
しかし、今あの結果となった原発の惨状は、
その現状の被害、賠償、命の危険において、
それらすべてを今までの利益において保障できるものであろうか?

本来は東京電力が加害者であり、近隣地域が被害者であろうが、
(東京電力にしてみれば災害であり自分たちも被害者だというだろうが、、)
世界から見れな、私たち日本人すべてが加害者である。
加害者は反省すべきだし、日本人も反省すべきときだと思う。

日本だけではないが、現代人は生活の便利さに、
電気を当たり前のように使ってきた。
電気があるのが当たり前だと思うようになり、
私もそうだが多くの人が電気を求めて原発問題を他人事としてきた。

しかし今、私は、
放射能に怯えた生活をしないのであれば、
は多少不自由しても電気の少ない生活は可能だとおもう。
まるっきり電気の無い生活は出来ないと思うが、
原発で不足する電気分の不自由さは、今なら容認できる。

そう考えると、今までがあまりに無関心であり、便利さにかまけ、
原発に対して賛成も反対も考えずに過ごしてきた。
これは私にとって反省すべきことである。

今私は、
原発が近隣の地域だけでなく、世界中に被害をもたらしている惨状を見れば、
当然原発はなくすべきだと思うし、反対である。

そして、今まで賛成派だった人であっても、
反省し方向を変えることは私は認めていきたいと思う。
言葉の難しさであるが、その人を英断だと褒めていきたい。
そして、無関心だった私やそういった人が
反対に変わることも認めていって欲しいと思う。

既成の事実があるから反対することは決して恥ずかしいことではない。
今までの意見と違ってても、今までが間違っていたのなら修正できる。
今の日本は一度決めてしまったことの修正があまりに出来ない。
それは修正されないような利権や人脈があるからだ。

お詫びといえども、東京電力がCMを流すことは、
TV局が東京電力を批判できない温床になる。
そんな仕組みを一つずつ断ち切って、
正面から反対できる仕組みづくりをしていきたい。

多くの人たちの生活や命を犠牲にしてまで、
成り立つビジネスはあってはならないのだから。

消費税の増税に大反対。 

管政権が内閣改造人事を行い、与謝野馨氏を経済財政担当相に任命?
ますます不穏な空気が漂ってきた。

与謝野市といえば元から財政再建、大増税論者、
国民の生活がどうなってでも、財政を再建すべきだといってた人物だ。
どこがどう間違って民主党でもないこの人物を管政権が担ぎ上げてこなければならないのか?
民主党には東京1区に、与謝野氏の古くからのライバルである海江田万里氏もおり、
海江田氏も元から経済に詳しい人物、
そこを押してまで与謝野氏を閣僚に入れなくてはならなかったのは、よっぽどのことがあると見える。
私が憶測するに、管総理の意見ではなく、どこか強力な圧力があったのだと考えられる。
それは日本の政治を牛耳るような強力な圧力をかけられるものであろう。

これにより益々消費税の値上げが、民意の総意なしに行なわれることが近づいてきた。

私はもとより消費税の値上げには大反対である。
こんな税金は名前どおり消費者を苦しめるだけの税金であり、なんら国民のために役に立っていない。
消費税を値上げすることは大企業に益々有利になるだけで、可処分所得の一向に上がらぬ国民の生活は疲弊する。

私が消費税の値上げに反対する理由は、大きく2つある。
一つは「輸出戻し税」の存在、そしてもう一つは「派遣労働の増加」である。

まず、輸出戻し税とは?、
消費税そのものは国内の税率であり、海外に輸出するものには消費税がかけられない、
だから、輸出をすればするほど輸出戻し税を還元しますよ、って言うのがこのカラクリである。

税、と言ってしまうといかにも輸出企業がお金を払っているようだが、
逆にお金をもらっているのである。
ゆえに、輸出企業に対する補助金を、ごまかすために輸出戻し税、といってるのである。

じゃあ、なぜこれが消費税と関係あるのかというと、
輸出をすればするほど、今ならその輸出金額の5%が輸出戻し税として還元される。
つまり、輸出をした分だけ消費税と同じ額を還元します、というのがこの本質だ。

日本の消費税の税収は現在、約10兆円である。
国民の小さな消費からコツコツ集めた消費税税収である。
しかし、その税収はすべて使われるわけではなく、
そこから2兆円ものお金が輸出戻し税として輸出企業に還元されている。
つまり、差し引き8兆円しか税収が無いのと同じである。

私は随分前まで、この輸出戻し税という言葉を知らなかった。
そして今でも、この輸出戻し税のことを知らない人たちがたくさんいる。

学校で学ぶわけでもなく、新聞やニュースで聞くのでもなく、
2兆円ものお金が輸出企業に還元されているにもかかわらず、マスコミ等では誰も話さない。
消費税は話題になるが、それに連動する輸出戻し税はほとんど語られることが無いのである。
あえてマスコミも政府もこの輸出戻し税については語ろうとしない。

消費税を集めても集めても、すべてが国民に還元されるわけではなく、
そのうちの2割近くが輸出戻し税として企業に還元される。
これはどう考えても理不尽で、消費税を上げても上げても、財政が改善されるわけではない。

詳しくはネットで「輸出戻し税」で検索してもらえれば、たくさん説明は出てくるだろう。
http://www.asyura2.com/07/hasan53/msg/750.html

輸出大企業がこぞって消費税の値上げを賛同したりするのはこのためだ。
彼らは消費税が上がれば上がるほど、輸出戻し税が還元される。
つまり、消費税が値上げされると儲かるのだ。

輸出額が国内販売額を上回れば、
国内での販売で消費税を払ったとしても、輸出戻し税の還元額のほうが多くなる。
ちなみに輸出額トップのトヨタは、毎年2000億以上の輸出戻し税をもらってる。
当然、これは国内で払う消費税より多い。

これでは輸出大企業は、払った額より還元額が増え、消費税はもらう額が多くなる。
つまり消費税が15%になれば、15%分もの輸出戻し税が還元される。
そして、その還元される原資は国民から集めた消費税である。

結局、現在の仕組みだと輸出戻し税がある限り、
国民から集めた消費税の2割は、輸出大企業のために還元されるためにあることになる。
消費税が増税されれば、ますます還元される額は大きくなる。

次に、派遣労働者の増加、だが
現在、正規雇用がなかなか進まず大きな問題化となっている。
しかし消費税が上がれば、ますますこの問題は顕著になってくる。

派遣労働者の賃金は仕入れとして扱われ、
それにかかる消費税は企業が販売した金額にかかる消費税と相殺される。
つまり、派遣労働者が多くなればなるほど仕入れの消費税の相殺額が多くなり、
企業は消費税を払わなくて良くなるのである。
同じ労働者を社員として雇った場合は、消費税は相殺することは出来ない。

このことはつまり、消費税が増税されると、
企業も販売にかかる消費税の負担が大きくなり、何らかの対策を求められる。
手っ取り早いのが、労働者の派遣化である。
社員の多くを派遣社員に置き換えることによって、消費税は相殺されるため、
消費税が上がれば、企業はますます社員の雇用をやめ派遣労働者を雇い入れることになる。

労働問題が顕著化している折に、わざわざ消費税を上げることは、
ますます非社員化、派遣労働者の比率を増やすことになる。

消費税増税にまつわる輸出戻し税増加、および派遣労働者の増加は、
どれも輸出大企業に多くのメリットをもたらすだけで、
消費者や国民には一切メリットは感じられない。

日本には1500兆円もの貯蓄試算があり、1%円安になるたびに15兆円もの資産価値を失う。
しかしマスコミは円高がいかにも日本のためにはならないと、円安誘導を高々にうたう。
消費者、国民から見たときは円高のほうがいいに決まってる。

輸出企業が1年間、必死で輸出しても、全体で10兆円ほどの差益しか生み出さないのに、
国が先導して円安に誘導するような政策を必死で行なう。
これは、すべて輸出企業のためであり、輸出企業は輸出で儲け、輸出戻し税で還元され、
派遣労働者で消費税を相殺し、派遣労働者で賃金を抑制し、法人税も減税され、
十分に内部留保を増やしたところを、国際会計基準で評価され外資に買収される。

その道筋を作るため、管政権は誰かの指示で
その先導役として与謝野氏を経済財政担当相に送り込まれたものと勘ぐりたくなる。

日本人のため、国民のための政治を行なうべきであり、
国を売るような政策は誰も望んでいない。

私は、流通業、消費者の立場として、今やるべきことは内需拡大。
働くものが報いられるような政治をしっかりやって欲しいと願ってる。
安心して生活し、子供をを生み、育て、安定した生活を送れるような世界を望みたい。

消費税の増税は、生活者の生計を破壊する。